この1年、そして今・・・ その1
2012/04/23東日本大震災から3.11で1年が経ちました。
日本でこのような大きく広範囲の災害は今までなかったのではないでしょうか。
しかも原発問題も重なり事態は非常に深刻なものとなりました。
震災直後からたくさんの支援活動が始まり、とくに自衛隊の機動力や活躍がとても印象に残っています。
先日、いつも支援物資をお渡しさせてもらってる所へこの1年を振り返っていただき、そして「今」はどうなっているのかを聞きにストレンジモーターサイクルの和泉拓さんと共にお伺いしてきました。
今回時間の関係で3ヶ所しか回ることが出来ませんでしたが、いろいろ貴重な話をお聞かせいただきました。
まず最初に伺ったのは牡鹿半島にあるめぐろ旅館さんです。

女将さんとここで働く方にお話を聞く事ができました。
まず「この1年で復興という言葉は当てはまりますか?」と最初に聞いてみました。
すると女将さんは「ここの復興はすごいですよー」と
この時期11月頃に種付けしたわかめ漁が3月初めから非常に忙しいようで、朝の5時からみなさん総出で(高校生から80歳の方まで)仕事されても足りないくらいで、ボランティアの人にも手伝ってもらっているそうです。
また値段も震災前よりいい値で取引できていると言う事で、流されてしまった跡地に新たに工場などを建てて復興に向けて勢いが出ているようです。
わかめは即現金収入につながるので非常にありがたいとおっしゃっていました。
ですが家を建てるのは別の話で、流されてしまった所にはもう家を建てることができなくなったそうで(法的に)、家は高台にしか建てられなくなって家と工場が離れてしまう事がとても不便だとおっしゃっていました。
ただ、どこに建ててもいいのかは未だに決まってないので建てたいけど建てれないという状況が続いているのが現状です。



住む所が決まるまでは仮設住宅での暮らしをされているですが、ここの町の人達だけで住んでいるのでみんなが家族みたいなもんなので、他で聞くようなトラブルなどはなく150世帯ほどの人達が震災前と変わらない雰囲気で暮らしているそうです。
今とてもお忙しく復興に向けて力強く動き始めていますが、今これからの問題としてはやはり復興住宅がどこに建つか。
漁師町なだけに住む所と工場の距離がどのくらい離れてしまうのか気になっているご様子です。
また流された土地を誰がどう買ってくれるのかという問題。
まだまだ将来に問題はかかえるものの、「今」を生き抜こうとしていくエネルギーがとても強く感じられました。
そのエネルギーは最近みなぎってきたのではなく、震災直後から生き残った者の使命として1歩1歩進んでこられたからこそ放たれるものだと感じました。
一度は諦めかけていた旅館経営の継続。
7月に傾いた旅館をジャキアップしてくれる業者が運良くみつかり施工してくれる事になり、そこから徐々に旅館復興へ向けて動き出したそうです。
最初の頃は仮設住宅を建設する方々を招きいれ避難所代わりに稼動させ、食事の材料も支援物資をみんなで平等に分け合って食べるような感じだったようで、9月頃から支援物資に頼らずにお食事を提供できるようになったと女将さんは言います。
またその頃から近くのコンビニが稼動しだすのですが、だいたい6時に遅い時で7時に閉るといった具合だそうでした。
これからの時期は牡蠣だそうです。
ここの地の産業はわかめと牡蠣なんですが、とりあえず現段階では放射線が検出されてないので出荷ができますねーと女将さん。
これから先も放射線が検出されない事を祈るばかりです。
30分程度の取材にお付き合い頂きありがとうございました。
1年経ちましたが、最も遅れているのは行政の対応のようです。
ここの町は復興に1歩1歩確実に進んでいます。
みなさんからいただいた支援物資で非常に助かりましたと女将さんはおっしゃって下さいました。
これからもめぐろ旅館及びこの町が少しでも早く復興する事を心から願うばかりです。






























































































































































































































